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【昔の車は良かった】今の車よりかっこいい昔の車10選!

モータリゼーション黎明期の国産車の中から「かっこいい」昔の車を10台厳選してご紹介します。「昔の車はよかった」という声はいつの世でも上がるもの。美術品のようなクラッシックカーや子供の頃に憧れたスーパーカーはもちろんですが、大衆の乗り物の歴史に影響を与えた自動車もいいものです。今の車よりかっこいいとお墨付きの大衆車をピックアップしました。

昔のかっこいい車

Rolls Royce

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かっこいい昔の車と云うと、クラッシックカー、ビンテージカーが想い起こされます。

ラジエターグリルが直立し、四輪はボディから離れた位置にあるフェンダーで覆われたオープンタイプのヨーロッパ車。映画「グレートレース」に登場する年代の車は、美術品と言ってもおかしくないと、車好きなら誰しも思うでしょう。

フェラーリ&ランボルギーニ

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また、スーパーカーブーム世代の人達には、子供の頃に「かっこいい!」と追いかけた「フェラーリ」や「ランボルギーニ」。ここまでの高級車ですと、マンションが買える程高価で、遠くで眺めるだけ。単なる夢の車でしかありません。

ここでは日本の「モータリゼーション」黎明期からの「国産車」に限定して、今の車と昔の車を比較します。当時でも、頑張れば一般家庭でも何とか手が届くものの中から、モータリゼーションに影響を与えた車を選定しました。

昔の車は高価だった

今ならおよそ650万円!3代目コロナ(RT-40)

トヨタ トヨペットコロナ 3代目

日本が飛躍的に発展した1964年の東京オリンピックの頃の車の価格を見てみましょう。

3代目のコロナ(RT-40)が1964年に登場。初代コロナ(RT-10)通称「ダルマ」コロナ、2代目(RT-20)通称「ティアラ」コロナに続く3代目、通称「電気カミソリ」です。

開通直後の名神高速道路で10万kmの公開耐久テストを実施した、1,500cc 4ドアセダン、4灯ヘッドランプのモデルで、価格は648,000円でした。
1964年当時の学卒初任給は21,200円、2015年のそれは211,562円です。

初任給はおよそ10倍になりました。つまり単純に計算すれば現在ならおよそ650万円になります。昔の車は高価だったのです。

それでも1961年頃なら、いすゞがノックダウンしていた1,500ccのヒルマン・ミンクス・ハイスタイルは998,000円で当時の初任給換算なら1,300万円以上していたことを考えれば、僅か3年で大幅に身近なものになってきたのです。

こんな質素な車が今なら570万円超!

富士重工 スバル360 初代

富士重工 スバル360 初代 1958年

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1958年(昭和33年)まで遡ると、スバル360はスタンダードが365,000円、デラックスは390,000円でした。当時の学卒初任給は13,467円です。

スタンダードの車両価格を基準にして、単純に計算すると名目賃金の27.1ヶ月分に相当しますので、5,733,330円になります。
現在のBMW5シリーズのセダン、5,990,000円と比較すると、あの内装剥きだしの、極めて質素な軽自動車が、いかに高価であったかがわかるでしょう。

1960年代製キャブタイプの箱型セダン/クーペを10台厳選!

ご紹介する10台の車にほぼ共通するのは、1960年代製かつ、前後にバンパーがあり、車検証では「箱型」とされるセダンクーペであるということ。メカニズム的には燃料噴射ではなくてキャブレター(気化器)仕様です。

当時、世間ではボディタイプは「セダン」が主力で、「ステーションワゴン」は商用貨物である「ライトバン」と似ているとの理由で好まれず、「ワンボックス・ワゴン」や「SUV」は未だジャンルが確立されて居ませんでした。

選定した車は、オープンカーやスポーツカー、クーペと色とりどり。現代の人達が見ても、「なるほどかっこいい!」と同意して貰えそうな「昔の車」を振り返ります。

1)マツダ コスモスポーツ(初代)

夢のエンジンといわれたロータリーエンジンを搭載した市販車は、本家のNSUバンケルが1964年に発売した「ヴァンケルスパイダー」と云うシングルロータリーの2ドアオープンが世界初でした。
コスモスポーツは世界初の2ローター実用・量産ロータリーエンジンです。

ロータリーエンジンの軽量コンパクトな特性を最大限に活かす未来的なデザインのスポーツカーで、世界中で著名なメーカーが取り組んでも完成することが出来なかった「夢のエンジン」を搭載して、市場投入された僅か1年後の1968年には84時間耐久レース、「マラソン・デ・ラルート」に出走しました。

このレースでは参加59台中、完走26台という過酷なレースでしたが、総合4位を獲得し、デビューしたばかりの新しいエンジンであるロータリーエンジンの耐久性、信頼性に対する世間の懐疑的な評価を払拭しました。

デザインも「かっこいい」けれど、世界中の技術者の夢を実現する「かっこいい」車として第一に挙げました。

◆マツダ コスモスポーツ(初代)の概要
1967年(S42年)148万円
全長×全幅×全高:4,140mm×1,595mm×1,165mm
491×2cc 2ローターロータリーエンジン
2ドア定員2人

マツダ コスモスポーツに関する情報はこちらの記事

2)トヨタ 2000GT

市販に先立っての1966年、谷田部の自動車高速試験場で6時間、12時間、24時間、48時間、72時間、1,000マイル、2,000マイル、5,000マイル、10,000マイル、2,000km/h、5,000km/h、10,000km/h、15,000km/hの13カテゴリーに挑戦し、それまでヨーロッパの一流メーカーが保有していた記録をすべて塗り替えました。

クラウン2000に搭載の6気筒エンジンをチューニングして、スポーツカーのエンジンに仕上げたのはヤマハの技術です。

現在にも十分通用するデザインで、バブルの絶頂期には1億円を超す値段がついたこともありました。007シリーズの日本を舞台にした「007は二度死ぬ」で活躍したので、海外にも認知されています。

◆トヨタ 2000GTの概要
1967年(S42年)238万円
全長×全幅×全高:4,175mm×1,600mm×1,160mm
1,998cc 3ドアハッチバック
定員2人

トヨタ 2000GTに関する情報はこちらの記事

3)いすゞ 117クーペ

117クーペは、いすゞ社内の開発コード「117サルーン」として開発された「フローリアン」のクーペ版。カロッツェリア・ギアに委託されたデザインが秀逸です。

いすゞは、英国ルーツグループのヒルマンをノックダウンした経験を活かして1962年に「ベレル」で乗用車に進出しました。
その後1963年に「ベレット」を発売し、1964年に「ベレットGT」を追加しますが、1967年に登場した「フローリアン」は、ベレットGT用のエンジンを流用して「ベレル」と「ベレット」の中間を埋めるジャンルの乗用車でした。

117Coupe エンブレム

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このフローリアンのクーペ版である117クーペは、ハンドメイドに近い、人手をかけた造りでした。フロントグリルに唐獅子のエンブレムがあしらわれ、エキゾチックなムードを備えます。

◆いすゞ 117クーペの概要
1968年(S43年) 172万円
全長×全幅×全高:4,280mm×1,600mm×1,320mm
1,584cc 2ドアクーペ
定員4人

いすゞ 117クーペに関する情報はこちらの記事

4)プリンス・スカイラインスポーツ

1960年のトリノショーに出品されたミケロッティがデザインした車で、クーペとコンバーチブルがありました。

斜めに配置された4灯式ヘッドランプが印象的です。ノスタルジックなムードを醸し出すホワイトリボンタイヤを履いています。

プリンスは1966年に日産と合併しましたが、当時のエンジン技術はプリンスが優れていました。そのため、日産のL型2,000ccエンジンのスカイラインよりも、排気量が小さな旧プリンスのG型1,800ccエンジンを搭載したスカイラインの方が評価が高い時期がありました。

◆プリンス スカイラインスポーツの概要
1962年(S37年) 185万円/(コンバーチブル195万円)
全長×全幅×全高:4,650mm×1,695mm×1,385mm/(コンバーチブル 1,410mm)
1,862cc 2ドアクーペ
定員5人/(コンバーチブル定員4名)

プリンスと合併後の日産 スカイラインに関する情報はこちらの記事

5)日野 コンテッサ1300クーペ

日野はルノー4CVのノックダウン生産で学んだ技術を活用して、「コンテッサ900」を発売しました。

RR(リヤエンジン・リヤドライブ)のルノーで学んだ通り、RRレイアウト。「VWかぶと虫」や、「スバル360てんとう虫」に似たルノー4CVからは、すっかりイメージを変えた角型ボディシェルとなりました。

続いて上級車種として登場したのが「コンテッサ1300」です。4ドアセダンと2ドアクーペの2タイプがありましたが、「コンテッサ1300クーペ」はミケロッティがデザインし、コンクール・ド・エレガンスで受賞した、美しいスタイルが魅力です。

三船敏郎が率いる「チーム・サムライ」が、タバコの箱を寝かせた位の最低地上高レギュレーションをクリアできずに、レース出走できなかった場面に遭遇しましたが、もう少しだけ車高が高ければエレガントな車体の活躍が見られたのにと、残念だったことも想い起されます。

◆日野 コンテッサ1300クーペの概要
1964年(S39年)65.5万円
全長×全幅×全高:4,150mm×1,530mm×1,340mm 1,251cc
2ドアクーペ
定員5人

日野自動車に関する情報はこちらの記事

6)トヨタ スポーツ800

東京モーターショーに参考出品された時は、デザイナーが航空技術者だったことも影響しているのか、戦闘機のキャノピーのような形状だった「ヨタハチ」。実用的では無いので、市販された時、普通のドアを備えて登場しました。

車のルーフ部分だけが外せてオープンとなる、タルガトップ(デタッチャブルトップ)です。この形状はトヨタ スポーツ800の方が先でしたが、ポルシェが採用してタルガトップの名称が拡がったので、ここではタルガトップとしています。

◆トヨタ スポーツ800の概要
1965年(S40年)59.5万円
全長×全幅×全高:3,500mm×1,465mm×1,175mm
790cc 2ドアタルガトップクーペ
定員2人

戦闘機のようなキャノピーのショーモデル

ヨタハチのエンジンはパブリカの700ccを100cc拡大して、ツインキャブにした空冷4サイクル2気筒エンジンと、そっけない心臓でしたが、空力性に優れていました。

レースでも浮谷東次郎が操るトヨタ スポーツ800と、生沢徹のホンダ S600の激闘は語り草になっています。

トヨタ スポーツ800に関する情報はこちらの記事

7)ホンダ S500

1962年のモーターショーにS360とS500が出展されましたが、軽自動車枠のS360は断念され、1963年ホンダが市場投入したのは普通車としてのS500でした。

同車はその後、1964年にはS600となり、1966年にS800となります。レースではトヨタ スポーツ800との対決が注目を浴びました。

オートバイメーカーとしての技術をふんだんに盛り込んだ高回転高出力DOHCエンジン以外に、通常のFRレイアウトにつきもののデフと後車軸に代わってファイナルドライブにローラーチェーンを採用。空いた空間に燃料タンクを納めてトランクスペースを稼いだりと、ユニークな設計をしています。

◆ホンダ S500の概要
1963年(S38年)45.9万円
全長×全幅×全高:3,300mm×1,430mm×1,200mm
2ドアオープントップ
定員2人

市販されることは無かったS360

S360は軽自動車としての発売に期待が集まりましたが、軽の枠ではT360という4連キャブを装着したトラックだけが市場投入されました。

もし、「スポーツカー」としての動力性を持たせるために、水冷直列4気筒、DOHC4連キャブを装備した「軽スポーツカー S360」が1963年頃に発売されていたら、当時の軽自動車としては飛び抜けた性能であったと思われます。

S360が発売されていたら、断然こちらの方が「かっこいい!」となったでしょう。

ホンダ S600・S800に関する情報はこちらの記事

8)マツダ ルーチェ(初代)

マツダ ルーチェは、ベルトーネスタジオに在籍したジウジアーロの手になる、エレガントなデザインが特徴的です。

このクラスのライバル車は5人乗りでしたが、フロントをベンチシートにして、コラムシフトの6人乗りで登場しました。クラウンやセドリック、グロリアといった2000ccで小型5ナンバー枠一杯の車種以外は6人乗りの設定がなく、このクラスでの6人乗りは魅力的でした。
1967年に登場したいすゞ フローリアンもこのコンセプトを踏襲しています。

翌1967年にはツインキャブ搭載のフロアシフト5人乗り「SS」、1968年には1,800ccが追加されました。

◆マツダ ルーチェ(初代)の概要
1966年(S41年)69.5万円
全長×全幅×全高:4,585mm×1,635mm×1,385mm 1500cc
4ドアセダン
定員6名

【RX-87】ルーチェ・ロータリークーペ

注目すべきはRX-87としてモーターショーで発表され、1969年(S44年)に登場した「ルーチェ・ロータリークーペ」です。

ルーチェ・ロータリークーペはイメージは踏襲しながら、655×2ccの13Aロータリーエンジンを搭載した、FFの2ドアハードトップです。13Aエンジンはコスモスポーツの10Aエンジンとローター幅は一緒で、まゆ型のローターハウジング径が一回り大きなエンジンでした。
因みに、後に登場する13Bエンジンは10Aのローターハウジング径は同じで、ローター幅を伸ばした654×2のエンジンです。

フロントドアにつきものだった三角窓を廃止したピラーレスの美しいスタイルで、フル装備の高級パーソナルカーでした。
動力性能、走行安定性能は文句なしでしたが、パワーステアリングのフィーリングが「アメ車」のようで、運転に慣れていない者に運転させると過敏な反応であったのが唯一の問題点だったと思います。

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9)富士重工 スバル360

スバル360は空冷2サイクル2気筒エンジンをリヤに搭載した、VWビートルと同じようなレイアウト。外見も似通っていたので、VWの「かぶと虫」に対して、「てんとう虫」と呼ばれました。

当時の軽自動車では、1962年(S37年)に登場した「マツダ・キャロル」がライバル関係にありました。キャロルは同じRRながら、水冷4サイクル4気筒で、4ドアモデルもあり、内装も豪華でした。

しかし、スバル360は合理的な設計を貫いた車でした。スバル360は、コンバーチブルや、カスタムといったバリエーションも展開し、国民的な名車と呼ぶにふさわしいと思います。

◆富士重工 スバル360の概要
1958年(S33年)36.5万円
全長×全幅×全高:2,995mm×1,300mm×1,300mm
2ドアセダン
定員4人

話題に事欠かぬ1958年に誕生したスバル360

スバル360が登場した1958年は象徴的な年でした。

米国初の人工衛星エクスプローラ1号が打ち上げられ、関門トンネルが開通し、東京タワーが竣工し、新一万円札が登場しました。また、この年は、ホンダ スーパーカブ、日清チキンラーメン、アサヒから日本初の缶ビールが発売されました。今上天皇がご婚約を発表されて、ミッチーブームが起こり、長嶋茂雄選手がデビューして川上哲治選手が引退した年です。

冒頭でも話題にしましたが、学卒初任給が13,467円の時代の36.5万円ですから、コンパクトカーのスバル360も、現在なら570万円を超える金額でした。

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10)スズキ フロンテ800

最後に、少し毛色の変わった車を選びました。2サイクル3気筒エンジンを搭載したFFの車です。

スズキは、1955年(S30年)~59年に「スズライト」というFF軽四輪を生産し、その後継車として1962年(S37年)~67年「スズキ・フロンテ」をFF機構を採用しました。2代目の1967年(S42年)フロンテは、一転してRR機構となります。

フロンテ800は、スズキがFFで車を設計していた時代のモデルで、ドイツのDKWF102がそのお手本となっています。

1960年代中期は、マツダ ファミリア800、ダイハツ コンパーノ800、トヨタ パブリカ800、三菱 コルト800と、800ccは激戦区でした。パブリカは4サイクル空冷2気筒700ccで登場し、1966年に800ccに排気量を拡大したのです。コルト800とフロンテ800は2サイクル3気筒のエンジンでFRとFFの違いがありました。

結局この時期の800ccクラスは、オーソドックスな4サイクル水冷4気筒でFRのマツダ ファミリアとダイハツ・コンパーノが順当に販売を伸ばしましたが、エンジンやFF機構にチャレンジしたフロンテ800は或る意味でかっこいいと考えます。

◆スズキ フロンテ800の概要
1965年(S40年)54万円
全長×全幅×全高:3,870mm×1,480mm×1,360mm
2ドアセダン
定員5人

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昔の車は小型車(5ナンバー)枠内でデザインされていた

トヨタ 2000GT

選んだ昔の車はほとんどが小型車(5ナンバー)枠である、全長×全幅×全高 4,700mm×1,700mm×2,000mm以下に納まっています。最近の乗用車は、ファミリーカーでも3ナンバーが多いのは、特に全幅が広くなっているからです。

007に登場したトヨタ 2000GTがオープンカーだったのは、一説にはオリジナルのクローズドボディでは、ジェームス・ボンド役のショーン・コネリーが窮屈すぎたからとも云われています。

どの車にも共通するのは、まだドアミラーが認められていなかった時代だったため、ミラーはフェンダーにあること。前後には、明らかに目立つメッキのバンパーを備えますが、ボディサイドのラインとの繋がりで如何にかっこよく表現するかも、デザイナーの腕の振るいどころだったでしょう。

初代コスモスポーツ

©everystockphoto.com/ Netcars.com

第一に挙げたコスモ スポーツを例にとれば、コンパクトなロータリーエンジンのおかげで低く抑えられたボンネットと、バンパーではっきりと上下に二分された下部のラジエター開口部、フロントホィールアーチ上部のラインと後部へ真っ直ぐに伸びたベルトラインがリヤバンパーに繋がります。

ホンダ Sシリーズやトヨタ スポーツ800の様な、小排気量エンジンのパワーのピークを常に捉えながら走る愉しみも、今の車には失われた様に感じるのは「郷愁」なのでしょうか。

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